おりすじ

「天馬とともに」 北條高史


 中学時代は作品をトントン相撲用の人形に使われ(あの「イモムシ」は強かったなあ)高校のときは美術部の展覧会の受付に作品を出しておいたらいつの間にか持っていかれてしまったり(コラ、展示物だぞー!)と、ごくごく普通の(?)創作活動を続けてきたつもりである。
 そうした中で、なぜか私は「天馬」にこだわり続けている。私の創作歴自体、天馬なしには存在し得なかったと言えるほどである。思えば、創作第一号が天馬であったし、高校時代までに四種類、いろいろな本の影響をうけ、作風が変わるたびに天馬も変わり続けた。
 そして、偶然この文京の地に引っ越してきて、偶然おりがみはうすの存在を知り、全治二週間の大打撃をうけてから、新たにふたつの作品が生まれることになる。
 初期のものは、今あらためてつくりなおしてみると怪しげな物体以外のなにものでもないが、どの「天馬」にも数えきれないほどの思い出が詰まっている。もし機会がいただけるならいつか書いてみたいと思っている。
 ここまでとりつかれてしまったらもう逃げられない。今日もまた、新たな天馬との格闘が始まる。まだまだ終わりそうにない。

 はじめましてまして、新入りの北條です。現在大学生で(聞くところによると私は折紙協会と同い年だそうです)最近は動物学教室でネズミの解剖に明け暮れています。おりがみはうすの入口付近で私の代表作「剣士」がふんぞり返っているようですが、なんとか大目にみてやってください。
 なにはともあれ、よろしくお願いします。(一生つきまといそうだな、こりゃ・・・)

 追伸:川畑さんの「鹿」のツノの先を五本指の「手」に改造してしまいました。頭部のすげ替えにより二種類の「怪しげな鹿」がたのしめるお得な構造になっております。はっきり言って笑えます。うーむ大冒涜。(川畑さん、ゴメンナサーイ!) 

HOJO 1993 8/5