おりすじ
「はじめまして、川崎です」 川崎敏和
川崎?・・・。
バラの川崎なんですけど。
ああ!トップおりがみの。もっと年輩のこわい方かと思っていました。 これが、折り紙関係者に初めて会うときのパターンです。折り紙の会合にほとんど顔を出したことがない上,笠原先生が完璧主義とか数学をやっているなんて書くもんだから、気難しい頑固おやじだと思われているようですが、そんなことありませんよー。
折り紙をはじめて20年になろうとしています。入学祝いに叔母からプレゼントされた折り紙の本がきっかけです。入学といっても小学校ではなく大学です。折り紙好きの子供だったり、受験勉強の合間にちょっと折ったり、友人に折り紙大好き人間がいた訳ではありません。なぜ大学の入学祝いが折り紙の本だったのかよく分からないのです。実は、このことに限らず、昔の事を余り覚えていません。小学校の入学式はもちろん、大学の入学式の記憶も全くありません。ぼーっと生きていたのでしょう。さくらももこのもものかんずめなどを読むと、子供の頃の事を、よくもまあこんなに詳しく覚えているものだと感心してしまいます。
ところが、この記憶力の悪さも役に立つことがあります。以前考えた折り紙をもう一度折ろうとすると、別の新しい作品ができるからです。意志が弱いことも、創作に役立ちます。今日は一日暇だから、いっちょ気合を入れて、かっちょいい花でも折ってやろうか、と意気込んではじめます。半日ほど紙と遊んでるうちにどうにかそれらしい形ができて、がくを仕上げれば完成というところまできます。がくを4本編み込むようにまとめているうちに、むむっ!このねじれた部分はなかなかいい形をしている。それじゃ、なんでんかんでん螺旋に編み込んでしまえ、てなことになります。さっきまで折っていた花はというと、花?お前なんか知らんよ。しつこい花は好かん!螺旋ちゃん一緒に遊ぼうね、と初心をあっさり忘れてしまうのです。こうやってできたのが、巻き貝です。切ったゆで卵、松ぼっくり、子ぎつね、そしてバラもこんな風にできました。
でも、なーんだ、たまたまできたのか、なんて厳しく批評しないで下さい。紙に逆らわず作っているから自然だね、いい形を見逃さないところがすごい。なんて褒めて貰えると、へへっ!そうかなー、と調子にのってしまう単純な私なのです。
そうそう、小学生の図工で作った紙のお面がよくできていると褒められて、教室にかざってあった事は、子供の頃の数少ない記憶の一つです。ひょっとすると、私の折り紙の原点はこんな所にあるのかもしれません。
KAWASAKI 1993 04/05