折紙時評

第6回 俺が見たってんだ

前川淳 1997.10
 ワープロの誤変換は、時に爆笑を誘う。最近のワープロは賢くなったが、一般的でない用語を使うと、「ひねつて来電波」(非熱的電波:天文用語)などと笑わせてくれる。一般的でないと言えば、折り紙の用語もあまり一般的ではない。わたしが使っているワープロは、折り紙の原稿も書いているので学習しているが、そうでないものを使うとどうなるか試してみた。どうせなら、おバカなやつをということで、わざとあまり「練れていない」ものを使ってみた。いやあ、これが、でるわでるわ、なかなかのものがあった。変換キイを複数回打った後に出たものもあるが、多くは、一回目で変換されたものだ。意図的な細工はまったくしていない。

 まず、「おりがみたんていだん」と打って、変換する。
「檻がみたん鼎談」 「檻が満たん」って・・・、たぶん、三人で動物園経営の話をしているのだろう。
「敷設正方形」(ふせつせいほうけい=不切正方形)こちらは、舗道の工事中である。
「降りず」(おりず=折り図)「お客さん、終点ですよ」と言わずばなるまい。
「買えるの基本形」(かえるのきほんけい) 聞かれても困る。まあ、どこにも売っていないだろう。
「名変わり折り」(なかわりおり)名前はきちんと決めてくれ。

 千羽鶴折形の作品の考案者・魯縞庵も次のようになる。 「炉公案」 禅の世界である。
同書の著者・秋里籬島となると、禅の世界が深まり、悟りをひらいてしまう。「秋悟り等」
「秘傅千羽鶴折形」もこうなる。「秘伝仙波ヅ流折り方」
いかにも秘伝である。「ヅ」というところが泣かせる。
今号に報告が載っているコンベンションはどうなるか。「今便ション」 困ったもんだ。下ネタだ。

 谷折り・山折りなど、折り紙界では普通の用語も一筋縄ではいかない。
「他におり」どこか別のところにいるらしい。もう一回変換すると、
「田におり」 農作業に出ていることがわかる。
これなどは、まだ納得できるが、次のものは「どうしてこうなるの」と首をひねらざるを得ない。
「山センタ二千」(やませんたにせん) どうやら、標高二千メートルということが言いたいらしい。
「クローズドシンク」(閉じたかたちでのしずめ折り)は、「絶対正しく変換されないだろう」との期待に応えてくれた。
「クローズ度真紅」 度真紅。・・・ずいぶんと赤い。こんなに強調しなくてもいいのにと思う。
「だましぶね」 これは正しく出るだろうと思ったのだが、テキもさるものだ。
「玉支部ね」 探偵団にも地方支部を作ろうという話があるが、既にできていたのか? でも、玉ってどこだ?
展開図といったごく普通そうな単語も、ある機種では下のようになった。
「天下いず」 偉そうである。偉そうと言えば、次のもそうだ。
「一転させん」(いってんさせん=一点鎖線) よ一し、やってもらおうじゃないか。

 人の名前は誤変換の宝庫だが、とんでもないものは案外少ない。
 「西川政治」(西川誠司)とくれば、たしかに西川氏も団長が長い、長期政権だなあと思う。
が、意表はついていない。一方、次のものは意表をついていた。
「幇助歌かし」(ほうじょうたかし=北條高史) なんだこりや。助けてもらわずにひとりで歌いなさい。

 おもに、あまり日本語を打ち込まない技術系のワークステーション(パソコンよりも高性能のコンピュータ)のさる日本語FEP(変換処理機能)を使ったのだが、こいつ、かなり言葉が乱れている。正多面体も次のようになってしまうので、「折り紙用語が一般的でないから」という理由だけではないふしもある。
「背痛めんたい」 姿勢が悪かったようだ。

 ただ、「折り図」「中割り折り」といった用語が一般では通用しない言葉であることは、やはり間違いない。このことは、こころに留めおいて損はない。「中割り折り」「かぶせ折り」などといった言葉に、「さば折り」なんてのを混ぜておいても、シロートは気がつかないだろう。(気づくか?)
 というわけで、今回のこのしょうもない記事からも教訓が引き出せる。すなわち、「一般相手の講習会では、析り紙用語を使ってはいけない」ということである。一方、折紙探偵団コンベンションの教室(しかも最高難度を示す星4つ)などでは、折り紙用語はどんどん使うべきである。これに関しては、わたしの教室で次のような会話があったことを報告しておこう。

前川「折り目に沿って押し込むように折ります」
小学生A少年「要するに中割り折り?」
前川「そう、中割り折りだね」
小学生A少年「そんなら早く言ってよ」
 なお、今回の表題「俺が見たってんだ」は、「おりがみたんていだん」の聞き間違いの一例である。誤変換とよく似たものに聞き間違いがあり、これにも面白いものがある。また、似たような話で、生前吉野一生さんが気付いた恐るべき事実もある。コンピュータの漢字のコードにはいくつか種類があり、それを取り違えるといわゆる「文字化け」というものが生じる。EUCというコードで書いた折紙探偵団を、シフトJISコードとして読むとどうなるか?
 これが、ダサ貪オト蠧ト(カタカナは半角)となるのである。「貪」は「貧しい」ではなくて貪欲の「貪」で、「蠧」は、諸橋轍次博士(大漢和辞典編纂者)しか読めないような字だが、木喰い虫、転じて物事を蝕むことである。ダサくて欲深くて物事を蝕む。あんまりである。
1997 MAEKAWA