どこが折紙時評やねん

第10回 アンドロイドは紙の羊の角を折るか?

前川淳 1998.06

 手塚治虫さんの「火の鳥・復活編」に、人間の記憶を受け継いだロビタというロボットが登場する。以前もこの「探偵団新聞」に書いたことがあるが、手塚さんは、それを演出するエピソードのひとつとして、ロビタが折り鶴を折るシーンを描いている。さすがに味のある演出だが、ロビタはアンドロイド(人間型)ではなく、業務用の掃除機というか、いかにもロボット然としたロボットで、手の構造も、三日月型の金属がふたつ合わさった、絵に描いたような(絵に描いてあるのだけれど)「ロボットの手」をしている。あのような手で果たして折り鶴は折れるのだろうか? わたしは以前からそれを疑問に思っていた。
 そもそも、折り鶴を折ることは、ロボット技術にとってどれほど難しいことなのだろうか? 現状の技術で折り鶴を折るロボットは可能なのだろうか? それが可能となれば、千羽鶴の大量生産も可能になる。そんなもの大量生産してどーするんだという疑問はもっともだが、ユニット折り紙のパーツを大量生産してくれると、少しはうれしいかもしれない・・・。
 21世紀を間近に控える今日、ロボット技術はいったいどのようになっているのか?! 今回はこの疑問に答える!!

我々の身近に、その名も「自動紙折機」なる機械が普及していることは、案外知られていない。自動紙折機。折り紙愛好家の空想をそそる名称である。折り鶴ぐらい簡単に折ってくれそうだ。しかし、落ち着いて考えれば(落ち着いて考えなくても?)想像できるように、実体はそのようなものではない。街の印刷屋さんや新聞販売店に設置されている、紙を二つ折りや四つ折りにする機械、それが「自動紙折機」である。「探偵団新聞」の作成にも使われているはずだ。なかなかに働き者だが、折り鶴は折ってくれない。ヤッコさんも折ってくれなければ、カブトも折ってくれない。紙飛行機も折ってくれないし、宝船も折ってくれない。(しつこいな)「自動紙折機君。君は折り鶴を折りたいと思ったことはないのか。」「・・・・」答えはない。どうやら、折りたいと思ったことはなさそうである。「斜めの折り目なんか折るもんかい」といったところかもしれない。
ホリゾン工業 自動紙折機AF-49

 ティッシュペーパーの工場などでは、さらに複雑な紙の折り畳みが、オートメーションで行われている。しかし、その折り畳み方に「中割り折り」や「沈め折り」はない。ましてや、「矢印の部分を引き出し、白丸の部分を破かないようにしながら、星印のカドを押し込むように折って、全体を図のように整える」といったことはできない。できるわけがない。そんなことができたら、そのロボットに、日本折紙協会の「初級折紙講師」を認定しなければならない。一方、このことを逆に考えれば、ジョン・スミスさん考案の「ピュアランド・モデル」(正方形から始め、山折りと谷折りだけを使用するシンプルな作品群。「をる」16号で紹介)のような作品であれば、ロボットにそれを教えることはできると言えることにもなる。紙ナプキンの「三角畳み」をひとつの折り紙作品と見れば、それを折る機械(ロボット)は既に存在しているわけだ。折り鶴も、折り目を型押しして一気に基本形までまとめるといった方法を使えば、専用の機械を製作することは可能であろう。開発コストは五千万円ぐらいか? 千羽鶴を百万束ぐらいつくれば元がとれる? ・・・うーん、無意味な計算だ。

 このような専用機械ではなく、人間の手を真似た「ロボットの手」で折り鶴を折ることは可能だろうか。これが次の疑問である。大学時代の友人が本田技研でロボットの研究をしているので、彼にこのことを訊いてみた。彼はどちらかというと「歩行」が専門なのだが、次のように答えてくれた。

「今のロボットの技術では、たとえば、机の上に重ねて置いてある紙を、一枚だけつまみあげる、なんてことでさえ(確実には)できないと思う」

あらら、そうなのか。紙をつまみ上げられなければ、折り鶴は折れないぞ。人間の一歳児ぐらいの運動能力だな。

「手(指)の自由度はとても高く、これとそっくりのものをつくろうとしても、なかなかうまくできません。・・略・・指先の感覚(センサー)も大切です。・・略・・さらに、目の機能も必要です。私は、目を瞑って、折り鶴折れる自信はありません。」

なるほどねえ。そう言えば、95年の第1回折紙探偵団コンベンションの懇親会でも、「目隠し折り」がゲームになっていた。わたし自身は目をつぶってでも折り鶴は折れるし、折り紙界の伝統芸(?)である「背中に手を回して折り鶴を折る」もできる。さらには、全盲の折り紙創作家・加瀬三郎さんのようなひともいるし、目の見えないひとも大いに折り紙を楽しんでいる。ただ、「目で見ること」を映像情報のフィードバックによる空間座標の測定(もったいぶった表現でゴメン)と考えれば、それが「手のセンサー」の一部である面もたしかにある。また、視覚情報を抜きにしても、「手は露出した脳である」との言い方もあり、その動きは単純に運動能力だけではとらえらきれない。
 というわけで、ロボットが折り紙を折るのは難しそうである。少なくとも、折り紙でロボットを折るよりはるかに難しそうだ。


1998 MAEKAWA