どこが折紙時評やねん

第13回 折り紙好きはここに住もう

前川淳 1998.12

 ある日届いた一通の手紙。差し出し人の住所はホワイトハウス。むむ。しかし、「ガツンと言ってくれ」という手紙ではなかった。単にアパートの名前がホワイトハウスなのである。大胆な命名に呆れる半面、アメリカに手紙を書く際、住所だけで笑いが取れることをうらやましく思った次第である。グランコーポ・メゾンプルニエとか、カーサハイム・モズノハヤニエとか、日本の集合住宅の名前には、カタカナ語を使った長いものが多い。かく言うわたしの住む家も「○○○○ハイム」だ。イッヒ ハーベ アイン ハイムてなもんで、すっかりドイツ人の気分である(ウソ)。とまあ、住所だけでウケを取ろうというのも、われながらバカげた発想ではあるが、今回は、折り紙愛好家が住むのに一番相応しい地名・住所はどこかについてである。

 まずは、埼玉県鶴ヶ島市羽折町。略して鶴ヶ羽折。さらに略して鶴折。ひっくり返して折鶴。3工程で折鶴が完成する地名である。地図に描かれた市町村境界の二点鎖線が山折り線に見える土地柄だ。
 さる秋の日、実際にその鶴ヶ島市を訪問した。以下は、その報告である。

 まず最初に立ち寄ったのは市立図書館。そこには、「桑名の千羽鶴」(大塚由良美著)が3冊もあった。「これはなにかある!」と、期待を持って次なる目的地・鶴ヶ島市役所へ向かったのだが、結論を言うと、「桑名の千羽鶴」については詳細は不明のままであり、折鶴に関しての目ぼしい収穫もなかった。市の関係する折り紙教室もないとのことである。ただ、突然訪れて、悪魔の絵のついた世にも怪しい名刺を出した変なやつの変な質問にもきちんと答えてくれた鶴ヶ島市役所の職員は実に偉い。あるパンフレットの表紙の写真にあった「謎の折鶴状物体」(川越市との境にある川鶴団地の街灯と判明した)の調査には、三人もの職員が時間を割いてくれた。図書館も立派で、経企庁の豊かさ指標(埼玉県は最下位)とは逆に、住みよさそうなところである。

 羽折町という地名の由来に関してだが、これもいまのところ不明である。市の中心部にある龍神伝説を起源に持つらしい脚折(すねおり)と、隣接する坂戸市の浅羽からそれぞれ一文字を取ってつけたものと推測できる。

 その肝心の鶴ヶ島市羽折町は、果たしてどんなところか?そこは・・・、なんの変哲もない住宅地だった。なんの変哲もないのは当然と言えば当然である。軒先に千羽鶴が下がった家がずらりと並んでいるとでも思っていたのか? そんな折鶴マニアの妄想をよそに、夕闇せまる羽折公園では、若い母親が子供を遊ばせていた。実に平和な光景である。帰り道、市の中心部から離れた国道407号線沿いでは「千羽」というホテルの看板が少しくすんだ光を放っていた。

 折り紙関連地名と言えば、そのものずばり「折紙」なる土地があることが知られている。山口真氏が偶然通り掛かったことでわれわれも知るところとなった青森県南津軽郡大鰐町居土折紙と、もうひとつ、長崎県福江市蕨町折紙である。いずれも詳細や由来は不明だが、西と北に離れている点が、「文化の同心円伝播説」を連想させる。同所の近くには、それぞれ、折紙山と折紙鼻がある。古代折り紙文化が伝播して西と北の端に遺ったとの仮説が考えられるであろう・・・なんてことあるわけはない。

 その他では、島根県美濃郡美都町山折町、岡山県御津郡御津町紙工、名古屋市南区中割町などが通好みである。どんな通なんだかはわからないが。そして、鶴のつく地名。これは多い。

 実は、鶴ヶ島市を訪問した約一週間前、わたしは山梨県都留(つる)市を訪れている。(わたしは決して閑を持て余しているいるわけではない)都留市では、都留高校(正確な所在地は隣市の大月市)の校章が折鶴であり、「ツルタクシー」の営業車が折鶴マークを使っていることを確認した。

 ということで、石川県の鶴来温泉や秋田県の鶴ノ湯温泉なども、たぶん近いうちに訪問してしまいそうな気がするわたしなのであった。

 以上のような話を西川誠司氏にしたところ、「推理小説で、被害者の生前の足跡を追う話があるけれど、このケースは、小説に出てきてもリアリティーがないなあ」と言われてしまった。

 鹿児島県鶴田町と青森県鶴田町をうろついていた男。男はその一週間前には富山県八尾町谷折峠にいた。果たして男の目的は? たしかにまぬけだ。

埼玉県鶴ケ島市羽折町
青森県南津軽郡大鰐町居土折紙
折紙川に折紙橋が架っている。
集会所もある。
長崎県福江市蕨町折紙(五島列島・久賀島)
二点鎖線は山折り線じゃないよ。
岡山県御津郡御津町紙工
九折という地名も見える。


1998 MAEKAWA