どこが折紙時評やねん

第14回 この紋所が目に入らぬか!

前川淳 1999.02

 実は、初め今号のために暖めていたネタは、一カ月前に探偵団のインターネット電子掲示板に掲載してしまったのである。内容は前号の続きで、「青森県の折紙山と長崎県の折紙鼻、そして、千羽鶴の故郷・三重県桑名市が、折鶴基本形の半分にぴったりの二等辺三角形を構成している!!」という、ウソのようなホントーの話だ。「奈良の大仏は宇宙人の遺産だ」とか「超能力で鼻毛の数が読める」などという本を出している某出版社もびっくりのトンデモ話である。それをここに再掲してもよいのだが、読んでしまったひとには申し訳ない。「インターネットの環境がない。読んでみたいぞ」というひともいるかもしれないが、はっきり言って、読んでも何のためにもならない・・・何のためにもならないのは毎回同じか・・・。

 てなわけで、今回は地名→人名の連想で、家紋の話である。この話題も佐藤健太郎さんにふられて電子掲示板で少し触れたが、あれは序の口。家紋は奥が深いのである。

 奥が深い証拠に、中学時代、家紋が趣味という同級生がいた。彼から聞いた話で今でもよく覚えているのは、「朝顔の紋」のことだ。朝顔と言っても植物の朝顔や桔梗のことではない。尾籠ながら、男性用の便器のことだ。最近のものは違うが、かつてのそれは、朝顔の花のような格好をしていた。その便器に開いた孔のかたちを「朝顔の紋」と言うのだそうだ。この話は実に印象深く、今でも用を足すときに「最近の朝顔紋は単純なものが多いなあ」などと、孔を見つめていることがある。

 家紋好きの彼は、授業中にノートの片隅に家紋を描いて、休み時間に「これは『おっかけ茗荷』の紋だ」などと言って見せてくれた。紋章絵師や呉服屋の息子というわけではなかったはずで、今考えると実にヘンなやつだが、彼がわたしを鑑賞者に選んだのは、わたしが家紋にそれなりの関心を示したからであろう。実際、家紋にはパズル的な面白さがあり、わたしはそうしたものが好きだった。

 家系や歴史といったことを無視しても、家紋には幾何学的な面白さがある。というより、少なくともわたしにとって、幾何学的デザインが家紋の魅力の中心だ。ほかならぬ伏見康治氏も家紋にそうしたアプローチをしたひとである。三十年前雑誌「数学セミナー」に連載された、家紋を対称性で分類する氏の論文は、いずれバックナンバーを探して全部読んでみたい。

 そのような家紋に、幾何学と相性のよい折り紙が登場しないわけはない。まずは、折鶴。組み合わせによって多彩なバリエーションがあり、中には、折鶴だか何だかわからなくなるまで、デザイン化が進んだ「三つ折鶴亀甲」紋や、沢瀉(おもだか)紋によって折鶴を見立てた、見立ての見立てともいうべき(折鶴はそもそも鶴への見立てだ)もある。

 折紙紋なる紋もある。これは、まったくと言ってよいほど使われていない紋のようで、文献によっては、「名前のみで紋のかたちは不明」としているが、正方形の隅を小さく折ったものを四つ並べた紋がそれにあたるらしい。ここでいう「折紙」は、「折紙付き」の折紙、すなわち、鑑定書などの二つに折った紙のことであると考えられるが、紋のかたちはそれとはすこし異なっている。(ちなみに、前号で取り上げた青森県の「折紙山」も、「日本山岳ルーツ大辞典」(池田末則監修・村石利夫編著 竹書房)によると、山容が二つに折った紙に似ることが山名の由来とされている)

 この他にも熨斗や御幣の紋、結び文の紋がある。そして、面白いのが、既成の紋を折り畳んだことによってつくられる紋である。本家の紋から新しい紋を派生させる際にこうした変形が行われたらしい。柏の葉や鷹の羽といった、実際に折れるものだけではなく、厚みのある野菜などまでが折り畳まれ、騙し絵のような味わいを見せる。図に挙げたものは、中心に孔の開いた正方形(釘抜紋)を折り畳んだ「折釘抜紋」であるが、注意深く見ると、実際に孔のある紙を折り畳んだ図形にはなっていないことがわかり、ちょっとした間違い探しのパズルのようである。

 以上は、折り紙に関連する家紋のほんの一部である。家紋の他にも、自治体や学校の徽章に折り紙テイストあふれるものがある。都留高校の校章に折鶴が使われていることは前号でも触れたが、たとえば、津山高専の校章も折鶴を使っている。ただ、工の字と折鶴を融合した図形なので、一瞥では折鶴には見えない。また、南部藩時代のものを引き継いだ盛岡市の市章は、「南部印」(菱紋)の組み合わせであると同時に、南部家の「鶴紋」を折鶴で表現しているとの説がある。

 家紋一万種以上、日本の自治体は三千、学校の数も一万校以上ある。「堀出しもの」はまだまだあるに違いない。
 なお、新しくつくった紋でも、百年使えば紋帳に載るらしい。家のしがらみのない折り紙好きは、和服を仕立てる際に、折り紙の紋にしてみてはどうだろう。 えっ、わたし? わたしは、折鶴紋の紋付きを仕立てることを計画中だったりする。  

三つ折鶴紋
三つ折鶴亀甲紋
折紙紋
折釘抜紋
盛岡市章
図:前川淳


1999 MAEKAWA